正しい自分にならなくていいのなら、私はどんな自分になりたいんだろう。
私が正しかったってことを
ちゃんとみんなに証明しなくちゃ
みんなに分かってもらわないといけない。
私がしてきたことこそ
正しいのだということを
分からせないといけない。
みんな間違ってるのだから
分からせないと
負かせないといけない。
そうしなければ、
そうでなければ
私は愛してもらえない。
そうしなければ
そうでなければ
私は何も得られない。
ねぇ、私は一体いままで
何と戦ってきたんだろう。
これほどまでに何に
縛られてきたんだろう。
私はずっと
正しさの奴隷だったんだ。
もうずっと前から
きっと、子どもの頃から
私は自分の正しさを証明するために
生きてきたんだ。
正しいことをすること、
正しい自分になるために
必死になって生きてきた。
そうして、
誰かが私を承認してくれるのを
ずっと待っていたんだよ。
よく頑張ったね。えらいね。
あなたは間違ってないよ。
そういって抱きしめて
欲しかったのかもしれない。
滑稽だ。
あまりにも滑稽で偏屈で
バカバカしいね。
でも、それが私の人生で
私でもあるんだ。
バカみたいな人生で
バカみたいな人に思えるよね?
多分、実際にそうなんだ。
でも、まだ救いがあるのは
今、私が幸せだったことだ。
正確に言うと、今の私には
ここにある幸せを
感じられる力が
十分にあるってことだ。
こんなバカみたいな自分でも
これでよかったんだと思う。
だから、全部ゆるそうと思う。
これまでの私の人生も、私自身も。
私は、正しい自分でいるよりも
喜びの中にいることを選んだ。
自分を心底愛することを選んだ。
正しいことをしなくていいのなら..
正しい自分にならなくていいのなら..
もう、誰にも何も
分かってもらえなくても
証明しなくてもいいのなら
私は、何をするんだろう。
何もしなくていいや、とも思う。
ただただ自分の存在の
美しさの中にいたい。
でもきっと、
何もしなかったら飽きると思う。
だから、何かはしたい。
正しいことじゃない”何”かを。
でもね、それを見つけるのが
難しいと思った。
だって、ずっと『正しさ』に
導かれてきた私だから
すぐにまた戻ろうとしてしまうの。
『正しさ』の元に。
正しさから離れるのは
正しい自分にならないことは
すっごく難しいことだった。
とんでもない罪悪感と疑念が
浮かんでくるんだもの。
犯罪者にでも
なったかのような気分になるの。
でも私は負けなかったよ。
すべてを捨ててでも
自分の喜びに向かって
手を伸ばし始めたんだ。
あ、そうだ!
1つなりたい自分がある。
それはね『普通の自分』。
正しくもなく、特別でもなく
本当に普通でいい。
普通の何気なさがあって
シンプルで素直で
ただ、そこにいるだけの自分。
そういう自分になってみたい。
そういうことを考えるだけで
わくわくしてくる。
“普通でいい”は、
何もしなくていいとは
ちょっと違うんだ。
ただ、この世界の一瞬一瞬に
忠実に生きるの。
思ったことをシンプルに話したり
書いてみたり、撮ってみたりして。
そこには何の正しさもなくて
特別さもなくて、期待がない。
そういう自分でいられたら
どれだけ平穏なんだろう。
普通でいい
平凡でいいのだ。
私は。

