支配構造から抜け出す!私が選んだ新しい強さの定義。
ずっと苦手なものがあった
それは威圧的な人
特に威圧的な男性だ。
私がこれまでの人生で
遭遇してきた男性の中には
威圧的な人が
少なくなかったように思う。
私が新卒で入社した会社の
社長がまさにそんな人だって
機嫌が悪いとすぐに社員に
怒鳴りちらかして、いばる。
私はこの社長のおかげで
会社で働くことも威圧的な人も
相当なトラウマになった。
私は基本的には
優しくて穏やかな人が
好きなんだけれど
威厳や体裁を保つことを
重要としている男性。
つまり言い換えれば
プライドの高い男性に
関わることがなぜか多くあった。
そういう形で
自分の強さを表現している人たちを
否定するつもりも
批判するつもりもない。
それも、彼らの魅力であり
強さなのだから。
ただ、
そういう男性と話していると
感性でしか生きてこなかった自分が
なんだかとても小さく思えてきて
自信をなくす事も
少なくなかった。
理論的な答えを求められると
とても困ってしまうのだ。
私の選択や答えに
理由なんてないから
“なんとなく…”
“そう感じたから…”
“フィーリングで…”
けれども、
感情よりも理論を優先する人、
目に見えない不確かなものを
信用しない人に対して
そんな答えは通用しなかった。
すぐに論破されて
言いくるめられて
それで会話が終了。
私はそんな時、
すぐに傷ついて自信を失くして
小さくなってしまった。
そうなりたくないから
私はできるだけ
威圧的な人や理論でしか
会話をできない人をさけてきた。
なるべく関わらないように
うっかり
出会ってしまわないように
逃げてきたのだ。
私にとって男性というのは
この世の中の権威とかパワーとか
力の象徴でもあった
男性=強い存在、みたいな。
だから
社会的に成功している人や
権力を持って成功している人に
同時に憧れてもいた。
私は長い間、
自分に欠けているものを
男性で埋めようとしてきたのだ。
権力があってお金があって
社会的に成功している人と
一緒にいることで
自分も強くなれているような
そんな錯覚に陥ることができる。
その錯覚を握りしめて
自分の強さからも弱さからも
目をそむけてきたのだ。
でも私は気がついた
これこそが
支配構造のワナなのだと。
これまでの私は
ずっと支配構造の中にいた。
私はずっと何かに
自分を支配させていたのだ
それも自分の意志によってね。
権力やパワー
またお金を持った人たちには
決して逆らえないのだと
自分を信じ込ませてきた。
でも、
自分が支配構造の中に
いることに気づいた時
私は新しい選択肢を手に入れた。
その新しい選択肢とは
『私にも強さがある』
という選択肢だ。
私が支配構造の中にいるとき
強さとは、
イコール男性的な強さで
権力とかパワーとかお金とか
そういうものにしか
強さを見いだせてなかった。
でも、私は気がついた
“強さとは何か”を
本当は私自身で
自由に決めていいのだと。
私にとって
強さとは何だろうと考えたときに
世間の”それ”とは違う強さを
私は自分の中で見出した。
私にとっての強さとは
“自分の弱さを知っていること“
そして誰かの弱さにも
優しく寄り添えること
今、私は強い。とても強い。
なぜなら私はずっと逃げずに
自分の弱さや醜さと
向き合ってきたから。
そして、今の私には
自分の弱さも醜さも
表現できる強さがある。
自分を何も隠さない、偽らない
それは私の強さになっているんだ。
私ね、
ずっと恐れていたことがある
それは
“馬鹿だと思われなくない”
“馬鹿にされたくない”
“力のない者だと思われなくない”
という事。
自分の弱さを知られたら
自分の無力さを知られたら
この世の終わりだと思ってた
そんな事になったら
自分の居場所なんて一瞬で
なくなってしまうと思ってた。
でも、
私はここで自分の弱さを
吐き出し続けているけど
それでも今までと変わらずに
私の居場所はあって
私は穏やかに生き続けている。
なんだ、バカみたい。
どれだけ小さなことに囚われて
実態のないものに
怯えてきたんだろう。
私の世界も
私の世界にいる人たちも
いつも優しかったのに
私が勝手に何かに
おびえていたんだよね。
私は、とても強い。
今まで私が出会った
威圧的な人たちや
自分の威厳を大切にする人たちと
同じように。
ただ、表現方法が違うだけ。
みんなこの世界で
自分の居場所を確保するため
大切なものを守るために
強さを誇示するのだ。
私が、自分のことを
こうして表現し続けるもの
同じことだ。
私は自分の強さを
世界に魅せたいのだから。
ずっと私が恐れていた人たちと
私を隔てるものは何も無かった
私たちはみんな、
ずっと強かったんだ。
自分の強さをどう表現するのか
ただ、その方法が違っていただけ
私は今、とても強いし
そして美しいのだ。
それが今の私なのです。


